コンタクトレンズでも大丈夫?

その個人差がどうして生まれるかについてはよくわかっていません。 さて、話を元に戻しましょう。
長い間、老眼の原因は「毛様筋の衰え」か「水晶体の弾性低下」のどちらか、または両方と考えられてきましたが、最近では後者が主原因だろうとされています。 というのは、高齢になって水晶体の動きが完全に止まった後でも、毛様筋の機能は少し残っているらしいことが分かったからです。
しかし、いくら「残っている」といってもその機能は著しく低下しているのに変わりありません。 私は、老眼の眼では、「毛様筋の衰え」と「水晶体の弾性の低下」が同時に進行しているものと考えます。
50歳で老眼が「完成」話がややこしくなるので、近視や乱視については後で述べることにして、ここでも正視(眼のいい人)を例にして説明します。 さて、遠くを見ている時と近くを見ている時では、水晶体の厚さが変化することは前に書きました。
その変化の様子を少し誇張して模式図にしてみます。 西成の眼が遠くを見ている時と、新聞を読んでいるときの水晶体の厚みの変化の模式図です。
水晶体はもう少し厚くなる余力を残しており、まだ老眼ではありません。 曹成になった時の水晶体です。
最大限努力をすれば水晶体は、何とか10年前と同じ距離の新聞にピントを合わせることができます。 しかし、余力がないため眼が疲れて長い時間続けて読めなかったり、離して読んだ方が楽だったりします。

これは初期の老眼です。 いくら頑張っても水晶体は十分に厚くなれないために、35歳の時読んでいた新聞の距離にはピントが合いません。
そのため、同じ距離で読むためには、不足分の凸レンズで補わなくてはいけません。 これが老眼鏡で、この状態は中くらいの老眼です。
さらに50歳になるとのように水晶体は全く厚みを変えられなくなります。 そのために、15年前と同じ距離で読むためには、さらに厚い凸レンズとの交換が必要です。
ここで老眼は「完成」し、これ以上は進みません。 もちろん、これらの年齢は「標準」でありまして、個人差はかなりあります。
さて、ここで「どうして水晶体は厚い状態で固まらないのだろう?」という疑問が出てくると思います。 それはたぶん(としか言えないのですが)、一日のうち眠っている時間も含めて、毛様体がリラックスしている(水晶体は引っ張られて薄くなっている)時間の方が、緊張している(水晶体は開放されて厚くなっている)時間より圧倒的に長いためだと思います。
老眼鏡をかけることで眼は、「苦痛」から解放されます。 ピントは近くに合うようになり、おまけに毛様体は、「なんとかして水晶体を厚くしよう」という、無駄な努力をする必要がなくなるため眼が楽になります。
人によっては、老眼鏡をかけたことで、頭痛や肩こりが治る場合があるようです。 このように、老眼鏡をかけることは良いことばかりのようで、そのために、眼科医は積極的に勧めるのだと思います。
しかし、本当に良いことばかりでしょうか?例えば、ここまでに何度も書きましたが、足腰が少し弱ったと感じた時に、積極的に車に乗るようにして、歩く時間を減らしてしまったらどうでしょう?目的地には早く着くし、体は楽になるし、いいことばかりのように思えますが、多くの人が、「それでは足腰の衰えを加速してしまう」ことに気づいていることと思います。 眼ではどうでしょう。
頑張ればまだ新聞の距離にピントを合わせられる堕威の人が、老眼鏡を使い始めると、ピントは楽に合い、毛様筋は無理するのをやめます。 快適に読めるようになる反面、毛様筋はサボり、そのおかげで水晶体は十分にリラックスすること(厚くなること)ができなくなります。

そんな具合ですから、老眼鏡を使用し始めてから1~2ヵ月経過したあと、久しぶりに裸眼で新聞を読もうとしたときに、「前に比べてかなり新聞が遠ざかっている」ということは、十分に有りうることです。 つまり、老眼鏡で楽をしたために老眼が加速されて、より早く瞥成の眼に近づく可能性が考えられます。
老眼鏡にはいちいち、はずす必要のない遠近両用のものとか、さらに、親切なことに、遠くから近くまであらゆる距離にレンズでピントを合わせてくれるタイプのものもあります。 「毛様筋をサボらせると老眼が進む」、という説がもし正しければ、このような眼鏡は老眼のためには非常に良くありません。
「車に乗る時間を増やした、足腰の少し衰えた人」に対して、さらに、「室内では車椅子に乗せる」ようなものだからです。 あっと言う間に歩けなくなることは、簡単に想像できるでしょう。
ただもう一度ことわっておきますが、これはまだ証明されていません。 私一人の思い込みかもしれません。
さて、ここまでは正視の人の話でしたが、近視や遠視、乱視の場合も同じです。 前にも書いたように、このような眼では、眼鏡(老眼鏡ではありません)やコンタクトレンズを使用して遠くをよく見えるようにした状態で、老眼は正視とまったく同様に現れます。
すなわち、西成から凹成までの水晶体は同じように変化します。 そして、近くを見るために必要な凸レンズも全く同じです。
ただし、これらの眼(近視、遠視、乱視)にとっての老眼鏡は、「遠くを見る眼鏡」に凸レンズを加えたものになります。 近視は凹レンズで遠くがはっきり見えるため、老眼鏡は図61のように凹レンズに凸レンズを加えたものです。
これはレンズではなく、素通しのガラスになってしまいます。 つまり、裸眼で見るのと同じことになります。

ということは、近視の人が眼鏡をはずして書類を読むのは、正視の人が老眼鏡をかけるのと同じことなのです。 同様に、遠視の人は遠くをはっきり見るために、凸レンズが必要ですから、老眼になった時は、さらに厚い凸レンズが老眼鏡になります。
一方、乱視の人は「円柱レンズ」という特殊なレンズで遠くがはっきり見えますが、このレンズは説明するのがとてもむずかしいので、投影図法で描きます。 レンズのカーブが球面ではなく円柱の表面のようになっているのですがこの図から想像していただけるでしょうか?乱視の人にとっての老眼鏡は、この「円柱レンズ」に凸レンズを足したものになります。
話が少しそれてしまいましたが、ここで言いたかったことは、老眼の初期の段階で老眼鏡を使い始めると、毛様体や水晶体を怠けさせるため、老眼を加速させてしまう可能性があるということと、近視の人が眼鏡をはずして読むことは、正視の人が老眼鏡をかけるのと同じたということの二点です。 本題に入る前にここまでのポイントを整理しておきます。
遠くを見るときは、毛様筋がリラックスし、水晶体は引っ張られて薄くなります。 近くを見るときは、毛様筋は緊張し、水晶体は張力から開放されて厚くなります。
10代から少しずつ「2」の動きが悪くなり、ピントを合わせられる最も近い場所(調節近点)がしだいに遠ざかります。 調節近点が、その人の今までの新聞を読む距離を越えてしまった状態が老眼です。
早い時期から老眼鏡をかけると、老眼の進行が速まる可能性があります。 近視の人が眼鏡をはずして新聞などを読む行為は、正視の人が老眼鏡をかけるのと同じことです。
さて、ここまで熱心にお読みいただいた読者の皆さんには、私の意図はもうお分かりのことと思います。

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コンタクトレンズがパワーアップしました!結構珍しいコンタクトレンズだと思います。